恵迪寮中途退寮者の意見

北海道大学卒業者・恵迪寮中途退寮者の井上修一が書いています。恵迪寮での文化の押し付け、多発するハラスメント、民主主義を無視した運営に辟易して退寮しました。

恵迪寮の個室は驚異の発明品だ。

恵迪寮には、個室と相部屋 (恵迪寮用語では「複数人数部屋」) がある。寮生は、入寮時にどちらに入るか選べる。その後も、6月・12月に部屋替えがあり、そのときにも個室か相部屋かを選べる。

写真は、恵迪寮のフロアの図である。

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北海道大学当局発行の「北海道大学学生寮入寮案内 -恵迪寮-」平成23年度版の p. 5 から転載した。階段を中心に

・左右10づつの居室

・左右1づつの便所・洗面洗濯室・補食談話室 (台所)

という構造になっている。この左右の片方を「ブロック」と呼び、1ブロックないし1フロアの住人で「部屋」を結成する。一つの居室をそのまま一人づつ使っているのが個室である。対する相部屋は、10個の居室中の4つに部屋員全員の机を押しこみ、もう4つの居室に全員のベッドを押しこみ、残りの2つの居室にはテレビやゲームや漫画を置いてリビング (恵迪寮用語では「居部屋」) として使う、というように使っている。「居室」と「部屋」の意味の違いに気をつけると理解しやすくなるかと思う。

恵迪寮の「伝統派」と「相部屋住人」は、概ね一致する。私は、恵迪寮の伝統を守ることよりも経済的に困窮した北大生が安心して住める寮を作る方が大切だと考え、現状を変えようと思って入寮から退寮まで相部屋にいたが、そういう者は少ない。

概ね個室住人は、自治活動に参加しない。定例の掃除や、事務室での来客・宅配便への対応は、ほとんど相部屋住人が担っている。入寮銓衡委員会、防災委員会、飲酒事故防止対策委員会といった委員会に加入して寮のために働くのも、ほとんどが相部屋住人である。

自治会の議案の審議・議決にも、個室と相部屋では参加の度合いが大きく異なる。恵迪寮では、だいたい月1回の頻度で執行部が議案を提出し、それを全自治会員で審議・議決することになっている。原則全員参加の、部屋での予備審議 (「部屋入り」と称する) を経て、各部屋から代議員を集めた代議員会で本審議と議決をする。相部屋では、

・部屋入り前に議案を熟読して意見・質問をまとめること

・部屋入りに出席すること

・もし出席できないならば、意見・質問を書き置きすること

がルールとなっている。もし後2者を怠ったときは部屋員に焼肉や寿司をふるまうことが慣例となっている。部屋入り自体も、相部屋では議論が盛り上がり、1回に約4時間はかかる。

これに対して個室では、事前に議案を読む義務も課せられず、部屋入りの出席者も部屋員10名中3人あればいい方、誰も出席せず部屋入りが開かれないこともしばしばであり、部屋入りでは何の意見も質問も出ず、5分以下で終わるのが通例である。

しかし自治会は、相部屋住人にも個室住人にも平等にサービスを提供する。郵便の仕分け、宅配便の預かり、物品・食品の販売、工具等の貸出、週に1度の廉価な炊き出しは、個室住人でも問題なく利用できる。さらに、自治会は、個室にも居部屋を作ることを認めている。北大当局が現在の恵迪寮の建物を建設したときは全室個室として作り、その後自治会の活動により居部屋を作る権利を勝ち取り、維持してきたにもかかわらずである。

つまり、現在、恵迪寮の文化がどんなに嫌いでも、恵迪寮の自治の体制にどれだけ不満があっても、個室に移れば、煩わしい思いもせず、そこそこ快適な生活ができてしまうのである。これは、伝統派にもメリットがある。相部屋の新入寮生が恵迪寮の文化・制度に異を唱えても、上級生は「嫌ならば個室に行けば良い」で済ませてしまえる。私も1年目のときに言われた。2年目のときにも言われた。個室という箱を作ることで、恵迪寮伝統派は、感じ方や意見の異なる人と折り合いをつけて生活様式や制度を作ってゆく努力を、かなりの程度まで放棄できるのである。個室は驚異の発明品、と言って良いだろう。

しかしここが落とし穴になり、恵迪寮の自治を不正常な状態に保っている。

まず、代議員会で問題が起こる。相部屋から来る代議員だけでは定足数を満たすことができない。だから、代議員会を開くときは個室の人にお願いして代議員会に来てもらう。下手すれば議案を1回も読んでいない人に、代議員会の席に座ってもらうのだ。個室住人は部屋入りで議論をしていないから、代議員会でも発言しない。代議員会では、議場で発言しなかったならば採決でも承認しなければならないという慣習法があるので、この個室から来た代議員も、議案を原案どおり承認する。

執行委員長・監査委員選挙でも問題が起こる。代議員会と同様に、相部屋住人だけでは定足数を満たせない。だから選挙管理委員会は個室の人にお願いして投票してもらう。やはり、下手すれば選挙公報 (恵迪寮用語では「選挙綱領」) も読まず立会演説会にも参加していない人が、安直に信任票を投ずる。

かくして、相部屋住人の都合を色濃く反映した議案が、形式的には「全員が参加できる話し合いの場で、民主的で適法な手続に則って議決した」ということになる。相部屋住人の利害を主に代表する執行委員長・監査委員も、同様に、形式的には「1人1票、全員が投票できる平等な選挙を適法な手続で行い、寮生全員のリーダーを選出した」ということになる。恵迪寮自治会は対外的にそう発表できるし、大学当局にもそう説明する。

ここで、「恵迪寮に熱意のある人は相部屋に住んで自治にも熱心に参加する、そうでない人は個室で静かに過ごす、というのは理想的な住み分けではないか。それで何が悪いのか」と思う人もあるだろう。しかし、この住み分けは、恵迪寮に確実にひずみをもたらしている。

まず、個室住人は、部屋入り・代議員会で執行部と戦う技術が身につかない。相部屋にいれば毎度4時間の議論で、議論の進め方が身につく。自分に不利益な議案を廃案に持っていくやり方、せめて修正するやり方が身につく。個室にはこの機会がない。

この結果、個室に不利益な議案が出たとき、個室側は、部屋入り・代議員会では戦わずに承認し、こっそりと隠れて議案での決定を破るという行動に出る例がある。こうなると、恵迪寮の自治は、「話し合いによる寮生間の利害の調整」という本来の役割を果たせていないことになる。

さらに、このひずみは、新入寮生に害を及ぼす。毎年2・3月に自治会は、各部屋に、設備・物品の破損はないか、欠品はないかと聞く。この調査に基づいて大学当局に補充を申請する。ところが個室にはこのアナウンスは届かず、調査に協力しない例も多い。この結果、窓が破れ暖房も動かない居室に新入寮生が入ったり、穴のあいたマットレスや脚の折れた机が新入寮生に割り当てられることになる。

2018年12月12日追記

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