恵迪寮中途退寮者の意見

北海道大学卒業者・恵迪寮中途退寮者の井上修一が書いています。恵迪寮での文化の押し付け、多発するハラスメント、民主主義を無視した運営に辟易して退寮しました。

自治会入会手続の音声・動画・文書・メモを買います

恵迪寮自治会は、寮生全員が自治会に加入することを目指しています。このために、新入寮生に虚偽の説明をして入会手続をさせることが散見されます。虚偽の説明で入会させ自治会費を徴収した場合、 刑法246条詐欺罪に当たる疑いが強いです。私は今後北大当局等に取り締まりを求めてゆきます。

取り締まりを求めてゆくために、証拠を集めたいです。そこでお願いがあります。自治会入会手続の音声・動画・文書・メモを売ってください。高価買取します。虚偽の説明を含まないものでも参考のため買います。ですが、

  • 自治会は全員加入の団体だ
  • 寮生は自治会に加入する義務がある
  • 自治会全員加入は当局も認めている
  • 自治会に入会しないと寮に住めない
  • 自治会員以外には居室の鍵は渡せない

といった虚偽の文言を含むものは、特に高く買わせていただきます。音声、動画がなくとも、「係員がこんなことを言っていた」という記憶の書き起こしも喜んで買います。

売ってくださる方はまずコメント欄にコメントをお願いします。

個室に移る方法

前回のエントリでは、新入寮生に対し、自治会に入会せずに個室に入る方法を紹介した。

では、うっかり自治会に入ってしまい相部屋に入ってしまった場合はどうすれば良いか。この場合も、良い方法がある。それは、自治会を退会することである。自治会に入会したとき、6月の部屋換えまでは部屋を移らないと確約させられたと思うが、自治会を退会してしまえばそれは無効になる。自治会を退会しようとするが引き止めるだろうが、応じる義務はない。もししつこく迫ってくるならばこれも北大当局に相談だ。後は、自分で良い個室を見つけてそこに移れば良い。もし自治会の係員や相部屋の部屋員が妨害したり、荷物に手をつけたり、移動先の個室に侵入してくるならば、暴行罪、監禁罪、住居侵入罪、不退去罪、強要罪の疑いとして警察や北大当局を頼れば良い。自治会係員は、寮に警察を呼ばないでほしい、とか、寮生同士の話し合いで解決したい、とか要望してくるかもしれないが、ただの要望なので無視で良い。

個室に入る方法

4月は入寮の時期だ。新入寮生が寮に到着すると、自治会の係員が迎え、自治会入会手続をし、部屋決めをする。2019年4月の部屋決めの様子は

http://t-keiteki.jugem.jp/?eid=1174429

にある。

この部屋決めに参加すると、相部屋に入ってしまうことが多い。自治会の係員は相部屋に入れたがるからであり、上記ブログ記事の「新入寮生は希望する部屋のボードを掴み」でうっかり相部屋のボードを掴んでしまうことが多いからである。

このエントリではこれを回避する方法を書く。

まず、自治会に入会しないことだ。恵迪寮生は自治会に入会する義務がない。これは北大当局も認めている。学生の声 http://gakuseinokoe.academic.hokudai.ac.jp/Detail の2018年12月15日の投書『恵迪寮自治会は加入しなくても良いか』の

恵迪寮自治会は「寮生は全員自治会に加入しなければならない」という立場をとっています。これに基づき、自治会は新入寮生に自治会入会を求め、入会しないという選択は認めません。自治会員が退会を希望したときも、退会希望を取り下げるまで「説得」します。  これは大学側も同じ立場でしょうか。具体的には、新入寮生が自治会に入会しなかった場合、大学からの入寮許可が取り消しになるでしょうか。  また、寮生が自治会を退会した場合、退寮処分になるでしょうか。

に、当局は

 本学学生寮は,安全で衛生的な環境を提供し,寮生が快適な日常生活を送り,勉学に資することを目的としておかれています。  大学として恵迪寮の入退寮については,自治会の入退会を条件とはしておりません。

と回答している。

自治会係員は新入寮生に自治会入会を要請する。胆力があれば面と向かって拒否しても良いだろう。だが私のおすすめは、初めから自治会係員と接触しないことだ。自治会活動に積極的に参加する人は多くが学力が低く、ろくに話が通じない。さらに、顔を覚えられるといろいろ面倒だ。寮に着いて歩いていると「新入寮生ですか」などと声かけしてくるだろうが、適当に「3年目です」などと言ってあしらっておけば良い。

そして、自治会の部屋決めによらずにどこかの個室に入ってしまうのだ。北大当局の発行する入寮許可書には、部屋番号は指定されていない。これは、どの部屋に住んでも良い許可と解すべきである。居室の鍵はおそらく自治会が管理しているが、自治会は鍵の交付を拒むことはできない。拒めば新入寮生の寮に住む権利を侵害することになるからだ。もし拒むならば当局に相談だ。

また、自治会が鍵を管理しているのもそもそもおかしなことだ。これは別エントリで書く。

北大当局「ヒルトン合宿をやめるよう指導した」

f:id:hydrochloride:20181212134712p:plain

北大の「学生の声」に画像の通り投書し、返事を得た。ようやくヒルトン合宿がなくなるかもしれない。

さあこれを受けて恵迪寮自治会はどう動くか。自治の質が明らかになる。あくまでヒルトン合宿を行うならば自治会お取り潰しまであり得る。いまの自治会・当局間パワーバランスならそれが可能だ。それとも涙を飲んで悪い伝統を切って自治会継続を狙ってゆくか。寮生次第だ。

2018年12月12日追記

「ようやくようやくヒルトン合宿がなくなるかもしれない。」を「ようやくヒルトン合宿がなくなるかもしれない。」に訂正しました。

大学教育に感動しない恵迪寮伝統派

恵迪寮自治会執行委員長の選挙の際、候補者は自分の思いを書いたポエムを作って自治会員に配布する。それはだいたいこのような内容である:

北大に入学して恵迪寮に入寮し、まず、飯がとても大盛りであること、それを上の年目 ( 上級生のこと ) が易々と平らげることに驚いた。このような文化は素晴らしいと思った。その思いでこれまで自治会活動に参加してきた。そしてついに執行委員長をやりたいと思うようになって立候補した。

飯が大盛りで驚いたとは、なかなか衝撃的な主張である。なぜならば、大学に入って習う科目は、数学にしろ物理学にしろ化学にしろ心理学にしろ経済学にしろ語学にしろ、それぞれ新鮮な驚きに満ちているからである。北大は勉強熱心な学生が多く、教養科目の教員も熱心に教える人が多いので、1年生のクラスではそのほとんどが好きになれる科目を見出し感銘を受ける。正課の勉強を離れても、北海道は自然が豊かで北大は課外活動も盛んなので、北大の1年生は新たに登山やサイクリングをし始めたり、スポーツや音楽や美術を始め、それらにも感動を発見する人が多い。

これらから取り残され、脇で「飯が大盛りで驚いた」などと言っている学生が恵迪寮伝統派となり、その最も甚だしい者が執行委員長になるのである。恵迪寮の自治は、学力も意欲も北大の最下位層の学生がやる自治である。なので自治の内容も反知性的で鈍重なものになる。

恵迪寮の入口と出口

恵迪寮伝統派は、その大部分が公立中学校・自称進学高校の出身である。そして卒業後は、ブラックないしブラック気味の中小企業に入る。そのなかでも自分のやることを自分で考えて決めることより上の人の考えに従うことの方が重要な職種・職域に就く。

つまり、自分のことを自分で決めることなど許されず、他者の自由を尊重することなど教わらず、民主的に討議してものごとを決めることなど経験しないまま大学に来て、大学卒業後もまたそういう世界に戻るのである。こういう人たちに大学の数年間自治をせよと求めてもできるものではない。

現在、恵迪寮生は全員自治会に入らなければならないことになっている。恵迪寮生は自治会の制定したルールに従わなければならないことになっている。これらはなぜ正当化されるのか。「自治会の決定に不服があるならば誰もが自治会の機構を利用して改正を発議できるから」というのが恵迪寮自治会の公式見解である。しかし、現実にどこまで改正できるかは、上述の入口と出口に強く制約されている。この入口・出口を通る人たちに理解できる意見しか、恵迪寮自治会では容認されない。

2018-08-24 追記

「改正を発議できるかた」を「改正を発議できるから」に訂正しました。

素朴な道徳と民主主義は両立しない

ex-keiteki.hatenadiary.jp

の続きである。

「きたやま」氏の言う頑張っている人は応援すべきだという主張は、わかりやすい素朴な道徳である。公立中学校の教員が言いそうなことだ。小学生でもわかりそうだ。しかし、こういう日本の素朴な道徳と民主主義は両立しない。いくつか例を挙げる。

民主主義では、誰もが平等に発言権を持つ。誰の発言であろうと、自分で考えて正しくないと思ったときは反論して良い。これは素朴な道徳には反する。長幼の序が日本の素朴な道徳だからだ。素朴な道徳では、長の言うことに幼はみだりに反論してはならない。

民主主義では、批判は推奨される。しかし批判は良くないというのが素朴な道徳である。

民主主義では、為政者と有権者は対等である。しかし、日本人は長い期間将軍や天皇を戴いて生きてきた。為政者は有権者よりも上であり変更できないというのが日本の素朴な道徳である。

民主主義では自己決定が尊重される。しかし、日本の素朴な道徳はパターナリズムを基調とする。子どものことは親が決める、生徒のことは教員が決める、社員のことは私生活に関しても会社が決める、というのが広く行われている。殊に、恵迪寮生の多くが歩む道、すなわち高学歴高所得ではない世帯、公立中学校、自称進学校、北大、中小企業ではそうである。

民主主義では役職にある者やその候補者を応援する義務はない。その者が集団の行く末や自分の生活に不利益であれば、公然と批判して良いし、解職請求や落選運動をしても良い。

入試のある中学校は、入学直後から生徒に民主主義を実行させる。日常の生活の規則も、行事の運営も、生徒に民主的に討議・議決させる。こうした教育の結果、2年生のころには、民主的に正しい過程から素朴な道徳に反する結果が生まれることを体験することが多い。しかし恵迪寮伝統派はこういう民主的な教育とは無緑に育ってきて大学まで来る。このため素朴な道徳と民主主義が対立したとき無思考に素朴な道徳に就いてしまう者、そもそも対立のあることに気づきすらしない者が多い。