恵迪寮中途退寮者の意見

北海道大学学生・恵迪寮中途退寮者の井上大輔が書いています。恵迪寮での文化の押し付け、多発するハラスメント、民主主義を無視した運営に辟易して退寮しました。

西宮市長「殺すぞ」恵迪寮自治会執行委員長「殺すぞ」

兵庫県西宮市の今村岳司市長が新聞の記者に「殺すぞ」と言った後、謝罪したという報道があった。

http://www.huffingtonpost.jp/2018/01/05/mayor-of-nishinomiya_a_23325530/

私はこの報に接して、恵迪寮自治会の執行委員長がよく「殺すぞ」と言っていて、

( 弱そう )

と思ったことを思い出した。

私が住んでいたころの恵迪寮伝統派は、次のような説を唱えていた:

  • 恵迪寮は人間を学ぶ場である。
  • 下級生は人間を学ぶために上級生に興味を持ち、知るように努め、よく話し長い時間ともに過ごすようにしなければならない。
  • 上級生の人格はその上級生が誇りを持って作り上げてきたものなので、下級生は肯定し尊重すべきである。些細なことで否定すべきでない。
  • これらをしない者は器が小さく視野が狭いので、上級生が教育すべきである。
  • 教育のためには罵倒し体罰を加えても良い。
  • 人間を学ぼうとしない者は恵迪寮にいなくて良い者なので、追い出して良い。

私は上級生にあまり興味が持てず深く関わろうともしなかったので、上級生からよく罵倒され、体罰も食った。出て行けと言われたことも多い。しかし、大学生の年齢になっても口癖のように「殺すぞ」と言う人など、興味を持たず関わらなくて良いし、「弱そう」で済ませて良いではないか。

「寮生の1人」bot の有効利用法

昔は恵迪寮の住みづらさを説明するのは大変だった。いまは楽だ。「寮生の1人」bot https://twitter.com/ryoseinohitori を見せて「こういう人と話さなければいけないから」の一言で足りる。 https://github.com/idaisukee/ktk/blob/master/comments.md にあるコメント一覧も使える。

恵迪寮伝統派が表現の自由を語るとボロが出る。

民主主義と多数派独裁は似ているが異なるものである。しかし、私の恵迪寮に住んでいた 2011 - 2014 年、恵迪寮伝統派はこの二つを混同していた。民主主義のつもりで多数派独裁を実行していた。いまはどうなのかは知らない。しかし、仮にいまでも恵迪寮生が民主主義ではない支配の下に置かれているならば大問題である。しかも恵迪寮自治会も北大当局も寮の現状の情報をわずかしか開示していない。なので、いまも恵迪寮では多数派独裁が実現していると考えて話を進めるべきである。

日本国民は憲法を定めて表現の自由を保障している。日本以外でも近代自由主義国家は全てそうである。表現の自由の目的は多数あるが、民主主義を多数派独裁に陥らせないこともその一つである。この目的のため、表現の自由を運用するときは、多数派にとって不快な表現も許すこと、自分にとって不快な表現も許すことが求められる。これが、恵迪寮伝統派には難しいことである。彼/彼女らは日ごろ多数派は全て正しいと思って恵迪寮を運営しているし、自分にとっての快を実現し自分にとっての不快を排除することを重んじて生きているからである。なので彼/彼女らが表現の自由が語るとボロがたくさん出てくる。「寮生の1人」氏も

相手がネット上で意見を発信してこないのを良いことに、自分の名前を表明してさえいれば一方的に何でも言える、言論の自由だ!と印象操作していくことはあなたが嫌う所謂「伝統派寮生」像に近く、些か傲慢な考え方なのではないでしょうか?

を皮切りに表現の自由についての持論を述べていたが、ボロだらけであった。

世間の常識に忠実な恵迪寮生から生き方を学んだ。

日本の世間がなんとなくやってはいけないと考えていることの多くは、憲法上はどんどんやるように大いに奨励されている。よって日本では憲法をよく読んで実践するだけで新しい・画期的な人間になれる。まことに easy mode である。「人と違うことをしたい」とか「耳目を集めたい」と願いながら「だが何をすれば良いのかわからない」と悩む人は多いが、その答は憲法学の本に書いてあるので簡単である。

なお前段落の内容を明瞭に把握したのは北大に来てからである。恵迪寮の寮生、特にそこで相部屋に住んで自治活動に参加する寮生の多くは、憲法など通用していない田舎の無学な階層の出身であり、大学に入っても勉強をしていないので世間の常識を強く刷り込まれている。彼/彼女らの世界の最高法規は憲法ではなく郷のルールである。彼/彼女らが「郷に入りては郷に従え」と盛んに言うのもその現れである。私は彼/彼女らを見て、彼/彼女らの規範に沿って生きることほどくだらないことないと確信した。

選挙を正しく行えない集団、恵迪寮自治会

先日、国政選挙の投票があった。ここで、恵迪寮自治会の選挙を見てみよう。

f:id:hydrochloride:20171116115507j:plain

2013 年秋の執行委員長選挙では、飲酒事故防止対策特別委員会の委員長が立候補した。それに対し、飲酒事故防止対策特別委員会が「選挙応援居酒屋」を企画し、そのビラで自治会員に「スゴいぞ我らが委員長ッ!!」「候補者を皆さんで応援するべく……お集まり下さい」と呼びかけた。自治会の公式の機関が、特定の候補者を応援することを自治会員に呼びかけたわけだ。自治会の選挙管理委員会も事前にこの居酒屋企画を知っていたが、止めなかった。

中学 3 年の公民を理解していれば、こういうことをしてはいけないというのはわかるはずなのだが、どういうわけかそれがわからない大学生の集団が、恵迪寮では自治をしていた。現在のことは知らない。現在のことは自治会に聞いてください。

2017 年 11 月 16 日追記

「知っていました」を「知っていた」に訂正しました。

共謀罪を知るために恵迪寮を知る。

共謀罪法案が成立した。今後、知性のある者から順に日本を脱出し、日本は滅ぶだろう。

国会が共謀罪法案を可決したのは、我々日本国民が民主主義を実践してこなかった結果だ。そして、共謀罪の存在によって民主主義の実践はますます困難になるだろう。日本国憲法の制定から 70 年、民主主義は日本に根づかなかったのだ。

私はこの < 根づかなさ > を生で目撃した。どこでか? 恵迪寮でだ。

北大生の大半は、公立中学校と、学区で 2 番の高校 ( いわゆる自称進学校 ) の出身だ。これらの学校では、民主主義とはかけ離れた原理によって教育を行っているようだ。彼/彼女らの語る彼/彼女らの母校の常識は、私のごときリベラルな教育を受けてきた者にとっては驚愕するものだ。

北大は勉強熱心な学生が多い。彼/彼女らは大学入学後間もなくして、彼/彼女らの母校の常識が世界の常識とは異なることに気づく。

だが、恵迪寮伝統派はそうではない。恵迪寮では、行事も寮運営の業務も反知性的なものなので、これらは北大生のなかの学力最底辺層を惹きつける。この層が恵迪寮伝統派になる。彼/彼女らは勉強をしない。本や新聞を読まない。公立中学校と自称進学校で擦り込まれた常識を無批判に護持し、先輩の話を無批判に受け入れる。そうして寮自治に参加し、日本国憲法の保障する諸権利を寮生から奪うような寮運営をする。不勉強のまま大学を卒業し、北大のブランドでどこかに就職し、職場の上長と同調圧力に従順を貫いてゆく。後輩には「社会に出たらどうのこうのだ」と偏狹な常識を説いて生きてゆく。

公立中学校、学区で 2 番の高校、北大と進んでどこかに就職する層は、日本社会の中堅を担う層だと言って良いだろう。この中堅の層に、上位層すなわち私立・国立中学校と学区で首位の高校と異なることを教える教育、憲法とも民主主義とも無縁なところで生きさせる教育が、日本から民主主義を追い払った要因だろうと私は見ている。少なくとも要因の一つではあるだろうと見ている。

恵迪寮伝統派の姿は、北大生・北大出身者の平均値や中央値ではない。むしろ外れ値である。だからこそ、中堅への教育の悪いところが濃縮されて、観察しやすい。それに、北大生一般とは違って恵迪寮伝統派は自治をするので、人権感覚のなさがよく見える。

日本は滅ぶ。どのようにして滅んだかを書き残すのが、滅ぶ国の民が歴史に対してなし得る貢献だと私は考えている。日本はどのようにして民主主義を拒絶したか、どのようにして共謀罪を法体系に組み込んだか、そしてどのようにして滅んだかを記録して歴史に献呈すれば、後世の人が同じ失敗をしないために参考にできる。私はこの目的のためにも、恵迪寮で見たものをこのブログに書くつもりだ。

部屋の移動が昔よりしやすくなったらしい。

に、「現寮生」氏から

入寮銓衡委員に言うと部屋を交換するために奔走してくれますよ。

というコメントがあった。真実かどうかはわからないが、真実だとしたら良いことである。このブログにこうしたコメントをいただけるのはたいへんありがたく、北大構成員と世界の利益にもなることだ。