恵迪寮中途退寮者の意見

北海道大学学生・恵迪寮中途退寮者の井上大輔が書いています。恵迪寮での文化の押し付け、多発するハラスメント、民主主義を無視した運営に辟易して退寮しました。

恵迪寮生「お前の言っている内容は間違っているから発表してはいけない」 ← 自分は間違わないとでも思っているのか?

恵迪寮生の前でものを言っていると、彼らはしばしば「お前の言っている内容は間違っているから発表してはいけない」と言ってくる。

この記事

恵迪寮ではこういう貼り紙をすると執行部に剥がされる - 恵迪寮中途退寮者の意見

に出てくる A 氏が私の主張の貼り紙を剥がしたとき、理由をいくつか挙げていた。そのうちの一つに、私の主張の内容が間違っているというものがあった。

また、「寮生の 1 人」氏 ( http://ex-keiteki.hatenadiary.jp/entry/2016/06/25/151123 ) も、私がこのブログを書くことに反対して、

過去に寮に居た経験もあることですし井上さんを寮の「実状」を知らない部外者とは言いませんが、「現状」を語るには今なお力不足な様に感じます。

と述べている。これも、「内容が間違っているから発表するな」の類である。同氏は

他人に事実検証を投げず御自身で最大限やってから発信するのが筋ではないでしょうか?

とも言っているから、自分は「最大限」の検証をしてからものを言っているつもりなのだろう。同氏が「最大限」の検証などしていないことは

本を読まず Wikipedia を読んで済ませる大学生が攻める姿勢で迫ってくる恵迪寮生活 - 恵迪寮中途退寮者の意見

に書いた。

だが、私は、最大限の検証などしなくて良いと思う。「寮生の 1 人」氏もしなくて良いし、私もしなくて良いし、その他誰でも最大限の検証などせずにものを言って良いと思う。間違ったことを言うのは全然悪いことではない。我が国では言論の自由が保障されている。特に、ネットは誰もが自由に無料でものを言える場だ。他の誰かが間違ったことを言っていると思ったら、反論すれば良いのだ。そして、自分が反論を受けたときは、よく考えて、自分が間違っていたと気づいたら訂正すれば良いのだ。

そもそも、何が間違いかなどは、誰も知らない。はっきりと正解がわかっていてそれが上から与えられるのは、小・中・高の勉強ぐらいに限られる話だ。世のなかの問題のほとんどはまだ正解が見つかっていない。何が正しくて何が間違っているのかなど、全てが終わった後にしかわからない。

私の考えていることも、多くは間違っているだろう。だが、自分ではわからない。考えのうちどこが間違っているかも知らない。だからこうしてネットに公表し、コメント欄も開けているのだ。検証しやすいように、反論しやすいように気をつけて書いている。考えや文章を発表することを古くから「世に問う」と表現するのは、こういう趣旨ではないだろうか。

正解が与えられるのは高校 3 年までであり、それ以降は、特に民主主義の社会では、真理は対話と討議のなかから発見するものである。恵迪寮生はいつまでも小・中・高のように正解が上から与えられると思っているから、「お前の言っている内容は間違っているから発表してはならない」などと言うのだと、私は考えている。