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恵迪寮中途退寮者の意見

北海道大学学生・恵迪寮中途退寮者の井上大輔が書いています。恵迪寮での文化の押し付け、多発するハラスメント、民主主義を無視した運営に辟易して退寮しました。

恵迪寮生は恵迪寮を変えられな (い|かった)

恵迪寮自治会の代議員会で、

  • 監査委員が「いまのこの議論は過去の議論を反映していないから無効」と宣言すること
  • 代議員が「議案および議案提出者の主張が過去の議論を反映していないから投票を棄権する」と宣言すること

が、私の在寮中 ( 2011 年 4 月 - 2014 年 5 月 ) しばしばあった。ほとんどの場合代議員会は定足数ぎりぎりで開かれていたから、棄権が 1 人でも出ると議案が承認されない状況だった。よって、議案提出者としては、棄権は何としても避けねばならないものだった。

「代議員会での議論は過去の議論を反映せねばならない」、この規範自体は私も正しいと思う。一回の会期中に同じ議論を繰り返すことは避けるべきだし、前回までに出た質問・意見を無視して議案を提出するのも避けるべきだろう。

だが、この規範が、寮自治会の議論の幅も狭めている。昔、

「寮自治を存続させるためには、寮自治を存続させようという意志をまず毎年の新入生に伝達せねばならない。そのために、新歓行事をせねばならない」

という議案が承認されている。この議案は、私の退寮時点ではまだ有効だった。

そのため、

「いまのような激しい新歓行事をやらなくても、自治のメリットを冷静に説明すれば寮自治は存続できるのではないか」

という意見は、あまり顧みられることがなかった。新歓の姿を変えず続けたいと思っている側にとっては、

「その意見は過去の議論を反映していないから無効」

と言ってしまった方が代議員会が紛糾することなく進むし、「過去の議論を反映していない」議論には無効を宣告する方が恵迪寮自治会の論理では正統性を持つからだ。恵迪寮自治会の論理では、「過去の議論を反映していない」議論は、それを相手にすること自体が、過去の議論への冒涜なのである。

彼らは、

「自治の存続のために新歓行事をせねばならない」

という議案に重大な瑕疵がない限りはこの議案を尊重せねばならない、と主張した。毎年新入生の約 5 % が入寮から 2 ヶ月以内に、恵迪寮の文化を理由に退寮するという現実は重大な瑕疵だと私は思う。だが、それは新歓のやり方が悪いせいであって、議案自体の瑕疵ではない、というのが彼らの主張だった。

さて、私は恵迪寮の最新の情報は知らない。もしかしたら、

  • 「代議員会での議論は過去の議論を反映せねばならない」という規範
  • 「寮自治を存続させるためには、寮自治を存続させようという意志をまず毎年の新入生に伝達せねばならない。そのために、新歓行事をせねばならない」という議案

、大きな二つの規範は、もう廃止されているかもしれない。もしそうならば、このエントリは、「昔そんな時代があった」という単なる昔話である。

しかし、こうした大きな規範が、 2 年間で変わることは稀だ。変わっていない可能性が強いと私は思う。だとしたら、恵迪寮を変える力を持つのは、寮生ではなく北大当局だ。北大当局は世論には弱い。だから私は恵迪寮についての意見はブログ等の手段で世界一般に発信する必要があると考える。

現在、恵迪寮自治会は、寮生全員が入会することが前提とされている。建前上は、どんな意見も対等に扱われ、どんな意見も実現の機会が平等に与えられるから寮生全員を入会させることに正当性がある、とされている。だが、現実には上記のように、優先される意見とされない意見がある。これは重大な問題である。