恵迪寮中途退寮者の意見

北海道大学学生・恵迪寮中途退寮者の井上大輔が書いています。恵迪寮での文化の押し付け、多発するハラスメント、民主主義を無視した運営に辟易して退寮しました。

何をもって「強要」と呼ぶか

恵迪寮生の我如古氏の

answer-keiteki-inoue.hatenadiary.jp

への回答である。

私が 恵迪寮の負の面 - 恵迪寮中途退寮者の意見

(恵迪寮では)「文化の継承」「意志伝達」の美名のもと、新入寮生には行事参加の強要、食の強要 (「食い極」と称して吐くまで食わせる) が盛んに行われる。

と書いたのに対し、我如古氏は

賛成度:15%

何をもって「強要」なり「強制」と言うかが問題だ。私は暴力の伴わない「勧誘」「説得」は「強要」だとは思っていない。実情は「断りづらい雰囲気を作る」に留まっていると思う。参加しないと部屋から追い出すとか、引きずってでも参加させるような事例を聞いたことは無(あ、一度嫌がる新入寮生をメシに誘うときに数人で腕を引っ張った覚えがある。)一例しか知らない。その時でも、上級生が説得を続けた末、本人の合意があった。私の知らない所で行き過ぎた行動がとられている可能性は否定できないが、まあ、無いんじゃないかなあ。

何事も、嫌なら嫌で主張すれば良い。いや、しなければならない。結局嫌な思いをするのは自分なのだから。自分は気が弱いから…とか言われても知らん。そこは自己責任だろ。主張しない者の考え方を想像して気を遣えとでも言うのか。不特定多数相手ならともかく、顔を突き合わせた個人間の話なのだから、一般論なんかよりお互いの合意が優先されなければならない。在寮時の井上氏(及び氏から考え方を学んだ者)の表現で、「行事参加は自由」というのを時折見かけた。そんなの当り前だろ。しぶしぶでも何でも、自分の意志で参加したものを後になって「強要された」とか言われても知らん。他学寮で、コンパなどの行事に参加しないと罰金というような所も知っているが、うちはそんなこと無いよ。

と書いている。

まず驚くのは、「説得」という単語が使われていることである。なぜ、たかが遊びに「説得」などという言葉が使われるのだろうか。「説得」とは、しなければいけないことをするように説くときに使う言葉ではないのか。ここは「対話」でなければいけないはずである。

寮内でよく見られる、その「説得」の様子に、こんなものがある。

上級生「外に食事に行こう。」

新入寮生「いまお腹が空いていないので、いいです。」

上級生「いや、行こう。」

新入寮生「それに午後予定があるので。」

上級生「いや、行こう。」

新入寮生「外せない予定なので。」

上級生「いや、行こう。」

新入寮生「予定というのは科目のガイダンスで、それに出ないと不利益が生じるので。」

上級生「いや、行こう。」

新入寮生「それに部活の試合も控えていて、体重を増やしたくないので。」

上級生「いや、行こう。」

新入寮生「勝たなければいけない試合なので。」

上級生「いや、行こう。」

新入寮生「恵迪寮のそういうノリにもちょっと疲れてきたので、一人で食事がしたいです。」

上級生「いや、行こう。」

対話にすらなっていない。しかしこういうのがよくあるのだ。寮歌の普及活動になると、もっと性質が悪い。部屋に1人か2人くらいで過ごしているところに寮歌普及委員が10人くらいで押しかけてきてこのように「いや、歌いましょう」を繰り返すのだ。最終的に「はい、行きます」「はい、歌います」と答える以外の出口のない「説得」「勧誘」は、「強要」に限りなく近い。「行事参加は自由」とわざわざ主張しなければならないほど、こうした「説得」が盛んに行われているのが現実である。我如古氏の言うように「暴力を振るっていないし罰金も取っていないから強要ではない」と主張することは可能だろう。しかしこの主張によって、何を守れているのだろうか。むしろ、この主張がまかり通っている結果、「個室に住んで、寮自治の活動に極力参加しない。相部屋住人とは極力話さない」という選択が生まれている。

もちろん、寮生が個室に住む理由はこれだけではないだろう。「説得」のやり方だけを悪者にするわけにはいかない。しかし、

恵迪寮の個室は驚異の発明品だ。 - 恵迪寮中途退寮者の意見

恵迪寮の個室は分断統治されている。 - 恵迪寮中途退寮者の意見

に書いた通り、個室の現状は、恵迪寮の民主的運営の巨大な阻害要因である。そのために、個室の現状を生んでいると疑いのある要因は全て精査・改善する必要があると私は考える。

(井上大輔北海道大学3年・恵迪寮中途退寮者。シェア・転載歓迎。)