恵迪寮中途退寮者の意見

北海道大学卒業者・恵迪寮中途退寮者の井上修一が書いています。恵迪寮での文化の押し付け、多発するハラスメント、民主主義を無視した運営に辟易して退寮しました。

恵迪寮自治会入会拒否という選択肢 2

【恵迪寮自治会入会拒否という選択肢】(http://ex-keiteki.hatenadiary.jp/entry/2015/03/07/131418) に対し、岩田暢人さんからご批判をいただきました。以下の通りです。

加筆という形をとると、揚げ足取りみたいになって効率と後味が悪いので、井上さんの投稿(シェアさせていただきました)を読んだ人に、井上さんの提案する方法について再検討してもらう内容にしました。

寮での個室・複数部屋をめぐる事情、寮運営(特に自治会への半強制入会)の正当性(というか不当性)は井上さんがおっしゃられるとおりです。

その上で、入会を一分でも引き伸ばせ、というのは、井上さんの投稿を読まなかった自治会員にはまったく意図が伝わりません。

「教育的意義」が取りざたされますが、実はこれには二つの意味がある(というか、意味を持たせるべき)と感じます。

1.井上さんの言うとおり、共同生活のコミュニケーション能力等

2.問題解決能力

1は正直、大学の施設をねぐらにして遊ぶ口実に過ぎないような使われ方もあるので、僕は注視しません。問題は2です。

そう、だんだん何が言いたいかわかっていただけてきたと思いますが、井上さんの言うとおりけいてきりょうは問題でいっぱいなのです。解決に取り組むことが今後有用な経験になる(なった)と僕は信じています(まぁ本当に有用だったのかはまだわからないんですけど)。

だから、まず自治会に入ってみて(入会拒否は実生活上支障がある)、問題を精査してみて、解決を試みてみてください。そうして寮の風通しを良くした人を僕は何人も知っています。あるいは、井上さんや僕のように、やり方が悪ければ体制は変わらないままです。寮が思ったように変わらなくても自省さえあれば、それは2の意義が果たされているといえるはずです。

井上さんの言う「伝統派」の領袖に入らなければ、反対意見を反映させるスキルが醸成されない、というのは事実です。これに関しては私が変えられなかった部分でもあるので、責任を取ります。すなわち、新歓期の適切と思えるタイミングでビラを出し、主に個室の新入生を対象に「自治会の使い方・つぶし方セミナー」を開きます。これは今思い立ったことなので、後日執行委員会と新刊実行委員会と相談して何とか決裁か黙認にこぎつけたいと思います。

一方、井上さんの言う「伝統派」の人たちは主に1を、大学の施設を遊び場化したいがために使っている部分もあります(僕もかつてはそうでした)。そういう人たちは、必要となる寮運営の実務(「厚生的意義」にかかわる部分)が、大学が主体となるものよりもすべての部分で優れている必要があることは認めているので、自治会に入り、大して高くもない自治会費を納めていれば、「あれやれこれやれ」といわれることにほとんど従わなくても、安価で便利な(ときに不便な)学生生活を送ることが可能みたいです。そういう賢い方法は、個室の先輩に聞いてください。僕は知りません。

最後になりましたが、井上さんには寮のよくない点をまとめていただき、現寮生を代表してお礼を言いたいと思います。ありがとうございました。そして、便宜上本文中で同類みたいに書いちゃって、ホントにごめんなさい。なにか問題があれば書き換え・投稿を削除しますのでどなたでもおっしゃってください。

これに対し、私の見解を示したいと思います。敬体で書くと読みづらくなってしまいそうなので、常体で書きます。失礼をお許しください。

自治会に入会しないと実生活に支障が出るか。

これは長くなるので別に書く。→ 恵迪寮自治会に入会しないと実生活に支障が出るか。 - 恵迪寮中途退寮者の意見

教育的意義の二つの面

「教育的意義」が取りざたされますが、実はこれには二つの意味がある(というか、意味を持たせるべき)と感じます。

1.井上さんの言うとおり、共同生活のコミュニケーション能力等

2.問題解決能力

1は正直、大学の施設をねぐらにして遊ぶ口実に過ぎないような使われ方もあるので、僕は注視しません。問題は2です。

1の面を「人格的成長」、2の面を「スキルの向上」と呼ぶことにする。このどちらも、「経済的に困窮した学生への援助」という寮の第一目的を害さない限りは主張されて良いと思う。

しかし人格的成長の主張は、スキルの向上の主張よりも性質が悪い。理由は、

・理由1 何か崇高なもののように感じられる。

・理由2 客観的に測定できない。

の2つだ。

理由1について。伝統派はよく「私たちはここで人格的成長を求めているので、これを達成するためならば文化に馴染めない新入寮生が退寮するのは大したことではない」と主張する。本当は許されないことのはずなのに、なんとなく正しいことを言っているような気がしてしまう。もしも「私たちはここで自分が1限ぎりぎりまで眠る生活を求めているので、これを達成するためならば文化に馴染めない新入寮生が退寮するのは大したことではない」「私たちは、自分だけは失敗しても指摘されず下級生が自分に媚びへつらう生活を求めているので、ここでこれを達成するためならば文化に馴染めない新入寮生が退寮するのは大したことではない」と言っていたら身勝手なことを言っているとすぐわかるが、「人格的成長」と言われるとあながち身勝手でもないような気がしてしまう。

理由2について。客観的に測定できないから、理性的な議論の障害になる。スキルの向上ならば、例えば寮出身者の就職率や就職先での収入や昇進の早さで測定できる。それらの指標を5年間とか10年間測定し続けて、実は北大平均より低かったからもう寮の意義と見なすのはやめよう、みたいな議論ができる。だが人格的成長はそうではない。伝統派が「私たちは恵迪寮によって人格的に成長した。人格的成長は恵迪寮の重要な意義だ」と言い出したら、もう声の大きいほうが勝つだけの戦いに堕ちてしまう。

さらに、「人格的成長」はものの見え方・理解力まで含む概念なので、いっそう議論の障害になる。誰でも、「お前は人格的に未熟だから恵迪寮の教育を受けるべきだ」と言われたら、合理的な反論はできない。ここで「いや、私は人格的に成熟しているから恵迪寮の教育を受けなくて良い」などと言い返したら、「そう思っているのが未熟さの証拠だ」と言われて決着がついてしまう。実際、現在、部屋まわりやストームを新入寮生に強要するのに、理解力の差に落としこむ手法がよく使われている。「お前はまだストームをやったことがないのだから、ストームが楽しいかどうかなど判断できないはずだ」と。これに対し、スキルの向上に関しては、新入寮生の側も「私はこれこれこういう問題を解決した実績があるから、問題解決力は高いはずだ」と、根拠を挙げて合理的に反論できる。

自治会によって恵迪寮は変えられるのか。

私は、恵迪寮の自治の制度が改革派に不利になっていることをこれまでに指摘してきた。だが、私と違って公平な制度だと考える人もいるだろう。さらに、「仮に改革派に不利であっても、少しでも可能性があるならば全力で挑んでみよう」と思うかどうかは価値観の違いである。新入寮生が、多様な意見を聞いて自分で自治会に入会するかどうかを決められるのが理想だと思う。入会後も、意見が変わったら退会できるのが理想だ。

恵迪寮の自治にスキルの向上の機能はあるか。

人によるだろう。私は、3年間自治に参加したが、特に得られなかったと思う。これも、あると思う側とないと思う側双方の主張を十分に新入寮生が聞けて、自分で自治会に入会するかどうかを決められるのが理想だと思う。そしてやはり、意見が変わったら退会できるのが理想だ。

「自治会の使い方・つぶし方セミナー」

これまでに恵迪寮の自治の改革に挑んで失敗した者の共通した失敗は、継続的な教育、後継者の育成である。これを打破する試みとして、意義深いと思う。

しかし、実施できるか不安である。「自治会は入会・退会自由である」という知識自体がタブーとされている。なので、「寝た子を起こさない」ために執行部が集会を禁止するのではないか。寮内でビラや貼り紙で個室住人に知識を伝達しようとしても、言論の自由を尊重しない者が回収・剥がしといった実力行使に出そうだ。「寮内の問題は全て自治会の話し合いにより解決すべき。これ以外の解決は話し合いの軽視であり、誠意の欠如である」と考える勢力が感情的な行動に出る不安もある。

恵迪寮の問題の多さについて

私は、日本の歴史から負の遺産と正の遺産を両方受け継いでいる。米軍基地や北方領土、各種のマイノリティへの根強い偏見・差別、儒教的な金銭蔑視がまだ残って経済の発展を阻害していること等は私より前の日本人が解決できず、私が負うことになった課題である。反面、受けた恩恵は莫大だ。道路も学校も病院もないところで生きる人生は超ハードモードと言うべきだろう。良くも悪くもこれらとともに生きてゆかねばならないし、それを納得している。

ところが恵迪寮の場合、負の遺産の方が莫大なように思う。横行する強要・暴力、壁や設備の破損、物品の不足といった負の遺産を彼らに負わせ、解決を求めるのは気の毒ではないかと感じる。寮歌や赤フンやストーム等を正の遺産として受容できる者に負の遺産もセットで渡すのは道理に適うと思うが、寮歌等に価値を見出さない者たちには、何も相続せずにゼロから自分たちの生活を築くという選択肢も与えるべきだと思う。伝統派すなわちいまの主流派が、物質面に関しては管理寮以上の水準を確保するという理念を掲げているのは事実だが、現実には、個室住人は壁・設備・物品に苦労しているし、これは当面解決しそうにない。