恵迪寮中途退寮者の意見

北海道大学学生・恵迪寮中途退寮者の井上大輔が書いています。恵迪寮での文化の押し付け、多発するハラスメント、民主主義を無視した運営に辟易して退寮しました。

つまらない話を無理やり聞かせるシステム、恵迪寮

前回の

恵迪寮伝統派は陰キャラ新入生を餌食にする http://ex-keiteki.hatenadiary.jp/entry/2016/11/20/201920

の続きだ。

恵迪寮に住んでいたころ最も閉口したのは、上級生の話がつまらないことだった。しかし、行事や飲み会には参加を強要された。寮に帰ってきたら特に用事のない限り居部屋にいて上級生とともに過ごせとも言われた。こうして、彼らのつまらない話を不本意に聞いて生活していた。これは私の住んでいた 2011 - 2014 年ころ、相部屋ならばどの部屋でも同じようなものだった。

彼らがどんな話をしてどのようにつまらなかったか全例挙げて詳述する代わりに、一例だけ挙げようと思う。ある上級生は、

年越し派遣村に行った奴は自分の怠慢を人に責任転嫁している奴だから死ぬべき。俺は田舎の貧しい家から北大に入って立派な人間になったからこれを言う資格がある」

と言っていた。社会的弱者が助けを求めているのを見下して自分は強いと確認しなければならないとは、どれだけ心が弱いのだろうか。このような心の弱い人と話すのはおもしろいことではなかった。ここまでひどいのはさすがに恵迪寮といえども稀だったが、他の上級生も概ね余裕がなく自分の話しかしないので、やはり一緒にいて退屈だった。

これらの人は、恵迪寮の改革には警戒し抵抗していた。それはそうだ。恵迪寮が変われば自分の話が聞かれなくなるおそれが大きいのだから、恵迪寮が変わるのはこの人たちには一大事だ。

こうして恵迪寮の文化は強い安定性を誇っていた。北大の繁栄にも人類の福利にも寄与しないであろう安定性である。

恵迪寮伝統派は陰キャラ新入生を餌食にする

以前の記事 ( http://ex-keiteki.hatenadiary.jp/entry/2016/09/10/211234 ) に、「学部生」氏からコメントが寄せられた:

初めまして。思うところがあったのでコメントさせて頂きます。

まだ雪も積もってる去年の冬(春?)ごろに赤ふんどしで震えながら、1人で恵迪寮の案内板を持たされてメンストに立ってる寮生をたまに見かけました。

部外者にはわかりませんが、恵迪寮生的には面白いと思ってるのでしょうか?傍から見ると完全にイジメで、ただただかわいそうでした…。

最近恵迪寮生と話す機会が多いのですが、この人変だな、距離感おかしいなと思うことが多いです。寮生活で洗脳されたのかな…と思ってしまいます。(もちろん、中にはマトモな方もいますが、少数です。)

どうして恵迪寮生は総じて人との距離感おかしいのだろうと思い、恵迪寮の生活を調べていたらここにたどり着きました。正直こんな生活してたらそりゃ洗脳されるよな、と思いました。

コメント欄を見る限りバッシングが多いようですが、僕は恵迪寮内部の情報を知ることができて良かったです。

恵迪寮生は人との距離感のおかしい人が多い、という話である。私も同感だ。

そうなる原因として、氏の洞察のとおり、入寮してからの洗脳でそういう人ができあがるという面はある。だが、そもそもそういう人を見つけ出して恵迪寮の文化・生活に強くコミットさせるという習性が、恵迪寮伝統派にはある。どういうことか、説明しよう。私が住んでいた 2011 - 2014 年ころの話になる。

人と話すのが苦手だったり、人との距離を測るのが苦手な新入生、世間で言う「陰キャラ」の新入生が入寮してくると、伝統派は大喜びで迎えていた。そして、彼・彼女が寮内で目立てるよう、お膳立てしていった。具体的には、

  • 複数人数部屋 ( 相部屋 ) に入れる。
  • インパクトのある改め ( ニックネーム ) をつける。
  • いつもマフラーを巻いている、とか、いつも煎餅を食べている、とか、鍵のことを「じょっぴん」と呼ぶ、とかいうキャラ設定を考える。
  • 上記のキャラ設定を実行させる。
  • 行事の最中に突然奇声を出させる。本人が渋るならば、代理で本人のそばで奇声を出して注目を集める。

といったことをしていた。

これをされた新入生は、最初は戸惑いつつも、次第に、生まれて初めて目立つ、生まれて初めて人から注目されるという経験に感激し、恵迪寮への忠誠を固くしてゆく例が多かった。無論、不本意にこの待遇を受け、 4 ・ 5 月のうちに退寮してゆく者もあった。

このやり方には確実に利点があった。自治会の業務に無給で長時間参加する者を確保できる点である。

また、現在の社会では「コミュニケーション能力」だとかと言ってあまり親しくない人と内容の薄い雑談を続ける能力が過剰に重視されている。この能力がないばかりに社会のなかで不当に低い評価を受けている人がいるのは問題だ。そういう人が恵迪寮では正当に評価にされ得るとしたら、それは良いことだと、私も思う。

反面、大きな問題もあった。以下、挙げてゆく。

このように選ばれた新入生が変な選民意識を抱いていた

上のように伝統派級生に気に入られた新入生が変な選民意識を抱くことが多かった。いわく、

  • 恵迪寮の文化は自分を相手にするから正しい
  • 恵迪寮の外の文化は自分を相手にしないから正しくない

という構造で思考する者が、毎年生まれ続けていたと私は感じる。そして、自分を相手にするとかしないとかいうみっともない評価基準を、次第に本人も忘れていって、単に

  • 恵迪寮の文化は正しい
  • 恵迪寮の外の文化は正しくない

という構造だけを保持する例が多かった。ここから生まれるのは、

  • 恵迪寮の文化に順応しない者は正しくないから配慮しなくて良い

という開き直りだった。

逆選抜となっていた

上で述べたように、くだらない雑談が苦手なばかりに世で評価されていない人はいるはずである。だが、実際、恵迪寮にはそういう人は少なかった。単に見識が低かったり、能力が低かったり、粗暴だったり自己中心的だったり、自己管理ができていなかったりする人、そのため寮の外では孤立してしまうのだろう、と思われる人が多かった。上に述べた「かわいがり」の結果、そういう人をわざわざ選抜して寮自治に参加させるという状態になっていた。このため、恵迪寮の自治は非効率で進歩の遅いものだった。

人に対するがさつな当たりが常態化していた

上に述べたような「かわいがり」をうれしいと感じ、疑いを持たない人が寮運営の中心となっていた。これらを嫌だと感じる人は寮の運営に参加しなくなっていた。これらの 2 派が話すこともないので、是正されてゆくこともなかった。これも恵迪寮の住みづらさの大きな原因だった。

ついに恵迪寮の ( おそらく自治会の ) アカウントが返事をくれた!

今年春からこのアカウントに質問をたびたびしてきたが、無視されていた。ようやく返事をもらえた。

 

https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=561755430698344&id=187797638094127

 

f:id:hydrochloride:20161029144512j:image

恵迪寮生「お前の言っている内容は間違っているから発表してはいけない」 ← 自分は間違わないとでも思っているのか?

恵迪寮生の前でものを言っていると、彼らはしばしば「お前の言っている内容は間違っているから発表してはいけない」と言ってくる。

この記事

恵迪寮ではこういう貼り紙をすると執行部に剥がされる - 恵迪寮中途退寮者の意見

に出てくる A 氏が私の主張の貼り紙を剥がしたとき、理由をいくつか挙げていた。そのうちの一つに、私の主張の内容が間違っているというものがあった。

また、「寮生の 1 人」氏 ( http://ex-keiteki.hatenadiary.jp/entry/2016/06/25/151123 ) も、私がこのブログを書くことに反対して、

過去に寮に居た経験もあることですし井上さんを寮の「実状」を知らない部外者とは言いませんが、「現状」を語るには今なお力不足な様に感じます。

と述べている。これも、「内容が間違っているから発表するな」の類である。同氏は

他人に事実検証を投げず御自身で最大限やってから発信するのが筋ではないでしょうか?

とも言っているから、自分は「最大限」の検証をしてからものを言っているつもりなのだろう。同氏が「最大限」の検証などしていないことは

本を読まず Wikipedia を読んで済ませる大学生が攻める姿勢で迫ってくる恵迪寮生活 - 恵迪寮中途退寮者の意見

に書いた。

だが、私は、最大限の検証などしなくて良いと思う。「寮生の 1 人」氏もしなくて良いし、私もしなくて良いし、その他誰でも最大限の検証などせずにものを言って良いと思う。間違ったことを言うのは全然悪いことではない。我が国では言論の自由が保障されている。特に、ネットは誰もが自由に無料でものを言える場だ。他の誰かが間違ったことを言っていると思ったら、反論すれば良いのだ。そして、自分が反論を受けたときは、よく考えて、自分が間違っていたと気づいたら訂正すれば良いのだ。

そもそも、何が間違いかなどは、誰も知らない。はっきりと正解がわかっていてそれが上から与えられるのは、小・中・高の勉強ぐらいに限られる話だ。世のなかの問題のほとんどはまだ正解が見つかっていない。何が正しくて何が間違っているのかなど、全てが終わった後にしかわからない。

私の考えていることも、多くは間違っているだろう。だが、自分ではわからない。考えのうちどこが間違っているかも知らない。だからこうしてネットに公表し、コメント欄も開けているのだ。検証しやすいように、反論しやすいように気をつけて書いている。考えや文章を発表することを古くから「世に問う」と表現するのは、こういう趣旨ではないだろうか。

正解が与えられるのは高校 3 年までであり、それ以降は、特に民主主義の社会では、真理は対話と討議のなかから発見するものである。恵迪寮生はいつまでも小・中・高のように正解が上から与えられると思っているから、「お前の言っている内容は間違っているから発表してはならない」などと言うのだと、私は考えている。

恵迪寮生「見識の低い者は自由にものを言ってはならない」

注 タイトルは、「寮生の1人」氏の発言を私が要約したものである。同氏の発言は全て http://ex-keiteki.hatenadiary.jp/entry/2016/06/25/151123 で見ることができる。

以下、タイトルにまつわる発言のハイライトを示す。

( 「寮生の1人」氏 )

ネットは平等で自由に発言が出来るからこそ、特定の人、団体を名指しして批判するときは無責任に自分の考え・視点だけを発信するのではなくしっかり裏取りや反論の機会も設けるのが筋、というのが私の持論です。


( 「寮生の1人」氏 )

他人に事実検証を投げず御自身で最大限やってから発信するのが筋ではないでしょうか?


( 井上 )

あなたが

団体を名指しで批判する際には同意を得る

意見を発信する際には最大限の検証をする

のが相応の責任と考えていることはわかりました。ですが、これらは社会のルールなのですか? 法令で定められていたり、判例があったりするのですか? 本でも雑誌でもネットでも街や学内で配られるビラでも、言及対象の同意を得ず、検証もそこそこに、北大当局を、札幌市を、政府を、与野党を、私企業を批判していますが、これらは全て社会のルールに違反しているのですか?


( 「寮生の1人」氏 )

私企業と与野党に対する言論の自由の違いもごちゃ混ぜにしているあたり、このような形で意見発信をするに値する水準に達していないかと個人的には思います(バカッター然り、ツールさえあればどんな人でも無責任に意見発信を出来てしまうのが現状ですが…)。

ゴルスタ運営・ゴルスタ民「運営は努力しているから批判してはならない」恵迪寮生「自治会執行部は努力しているから批判してはならない」

ゴルスタの運営が独裁的だと話題になっている。

togetter.com

運営は、利用者を支配するためにアカウントの停止、警察への通報という手段を採っている。その論理としては、「運営は努力しているから批判するのは不道徳である」というものを採用している。これに屈服した利用者も多い。ゴルスタの利用を続けるためという功利的な動機で屈服した利用者もいるだろうが、他方、この「努力している者を批判するのは不道徳である」という論理に賛成して屈服した利用者もいるだろう。

そして、この論理は、恵迪寮でもしばしば用いられるものである。自治会執行部は努力しているから批判してはならない、応援しなくてはならないという主張が、寮内でしばしばなされる。私が初めて聞いたときは、本当に民主主義国の大学生の発言なのかと耳を疑ったが、実際に、主張する者がいるのだ。「寮生の1人」氏も、

辟易して退寮するのも、その後寮を憂いてくれるのも自由ですが、「内部の人間」により少しずつでも矯正・緩和している状況においての井上さんの独善的な行動はいささか不粋かな…というのが寮生の一感想です。

と発言している。

ex-keiteki.hatenadiary.jp

恵迪寮生の大部分は、

  • 公立中学校
  • 学区 2 番手の高校、いわゆる「自称進学校」

の出身である。どうやら、寮生の話を聞くに、これらの学校では、努力している者を批判してはならないといった教育をしているようである。無論、公立中学校・自称進学高校にもリベラルな学校はあるだろうし、また、学校の教育から独立してものを考えられる人はいるだろうが。

恵迪寮伝統派の多くは、彼らの母校で教わった通りの感覚で大学の寮の自治も行おうとする。このため、恵迪寮自治会が規約では民主主義を標榜していても、実際には骨抜きとなる。恵迪寮では言論弾圧が起こりハラスメントもなくならず、寮生全員のためになる運営が行われない。この原因として彼らのこういう心性が大きい。私はそう見ている。

恵迪寮生「権利義務が法令で定まる世界は住みづらい」

注 タイトルは、「寮生の1人」氏の発言を私が要約したものである。同氏の発言は全て http://ex-keiteki.hatenadiary.jp/entry/2016/06/25/151123 で見ることができる。

以下、タイトルにまつわる発言のハイライトを示す。

( 井上 )

あなたが

団体を名指しで批判する際には同意を得る

意見を発信する際には最大限の検証をする

のが相応の責任と考えていることはわかりました。ですが、これらは社会のルールなのですか? 法令で定められていたり、判例があったりするのですか? 本でも雑誌でもネットでも街や学内で配られるビラでも、言及対象の同意を得ず、検証もそこそこに、北大当局を、札幌市を、政府を、与野党を、私企業を批判していますが、これらは全て社会のルールに違反しているのですか?


( 「寮生の1人」氏 )

他の人がやってるから僕もやる!僕は悪くない!

…だなんて子供じみた主張がまさか出てくるとは思わず、いささか当惑しています。


( 井上 )

私は、

社会のルールであれば、批判検討の結果にかかわらず自分も従う義務がある

社会のルールではなくあなたの信条であるにとどまるならば、批判検討の後納得したならば取り入れれば良いし、納得できないならば取り入れなくて良い。

と考えているのですが、これは子供じみた考えなのでしょうか。


( 「寮生の1人」氏 )

井上さんの言う「社会のルール」というのが明文化された憲法・法令のみを指しているのか、それとも社会を構成する大多数によって共有されている倫理・道徳観までを含めているのか、また、明文によって規制されていたり、一般的に忌避されていたりする行動でも多くの構成員が行っていれば問題ないと考えているのかはわからないので明言はしかねますが、寮生一般に不利益を被らせる可能性の高い現状での井上さんの意見発信姿勢は少なからず自省・自粛すべきものかと思います。特に、過去の体験を元に意地でも検証せずに現在の寮についても同じであると断定しているあたり、井上さんの言う「伝統派」以上に過去や御自身の信条に縛られ徒らに他人に不幸をもたらす状態にあるかと危惧している次第です。


( 「寮生の1人」氏 )

1.井上さんの言う「社会のルール」とは具体的に何を、どこまでを指したものですか?

2.社会のルール云々は兎も角として、私のような意見を受けて井上さんは御自身の現状での意見発信の姿勢をどうお考えですか?

3.再三の意見・要請にも関わらず寮の現状を検証しない理由、また検証しなくていいと判断する理由は何ですか?(他者がやっていたとしてもそれは「社会のルール」とやらで定まっていることではありませんし、井上さん個人の意志に基づいてやっていることでしょうからその理由をお聞きしています。)

以上3点についてまずはお答え下さいますよう心よりお願い申し上げます。

私は現状での井上さんの意見発信の姿勢が寮生など多数の人に徒らに不利益を与え得る望ましくないものだと述べ、それに伴い自省や改善を求めているのです。

言論の自由だなんだは井上さんを説得する際の一視点に過ぎません。わかりにくいかもしれず申し訳ありませんが、私の主張の言葉尻やら枝葉の部分にばかり一々気を取られずにどうか根っこの部分について目を向けて頂ければ幸いです。


( 井上 )

1.井上さんの言う「社会のルール」とは具体的に何を、どこまでを指したものですか?

「法令」と解釈してください。私の行為は法令で禁止されていますか?


( 「寮生の1人」氏 )

一般的なマナーやモラルといったものには一切触れずあくまで法令だけを論拠とする井上さんのような人ばかりになったら何とも住みにくい世界にはなりそうですね。